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日语文学作品赏析:《島木赤彦臨終記》

2014-08-11 21:07:28来源:沪江日语

  二

  廿一日に、中村憲吉君は校歌の話を為出しだした。校歌といふのは、秋田県角館かくのだて中学校の校歌を平福百穂画伯から嘱付して赤彦君に作つて貰ふことになつてゐた。それを謂いふのである。すると赤彦君は、『北日本の脊梁せきりやうの。千秋万古ばんこやまのまに。偉霊の水を湛たたへたる。田沢の湖うみの水おちて。鰍瀬川かじかせがはとながれたり』云々と低いこゑで云ひ、憲吉君の批評をも求め、もう七分どほりは出来てゐることを云つた。その時、藤沢古実君が傍そばから、『ちよつと其それを書いて置きませうか』と云つて、それから不二子さんもそれをすすめると、『書いちやいかん。それだでこまる』『みどころを取つて行かれるやうだ』と云つたさうである。

  そのうち腰の痛みが出て来た。『水脈みを坊水脈坊。お客様がゐていやかも知れんがおさへて呉れなくちや』と云つた。それから、『飲物のみものも食物たべものも皆さげてくれ。目のまへにあると溜たまらんから』と云つたさうである。その時按摩あんまが来たので皆が部屋を退いた。その時古実君に、『訂正を送つて呉れたか』と云つた。『はい、送りました』と答へると『確たしかだな』と念を押したさうである。この訂正といふのは、雑誌改造に出した、『風呂桶ふろをけに触さはらふ我の背の骨のいたくも我は痩やせにけるかな』の下しもの句を『斯かく現れてありと思へや』と直し、憲吉・古実君の意見をも徴して、其をアララギの原稿にしたのである。それを謂いふのである。尚なほ今雑誌を調べて見ると改造に出した歌をアララギでは少しづつ直してゐる。

  信濃路しなのぢに帰り来きたりてうれしけれ黄に透りたる茎漬くきづけのいろ (改造)

  信濃路に帰り来りてうれしけれ黄に透りたる漬菜つけなのいろは (アララギ)

  神経の痛みに負けて泣かねども夜毎よごと寝られねば心弱るなり (改造)

  神経の痛みに負けて泣かねども幾夜いくよ寝いねねば心弱るなり (アララギ)

  廿一日夕七時ごろ、古実君との問答がある。

  古実『中村さんは明日か明後日あさつて帰ると云つてゐました。どうも己おれが行つて赤彦を興奮させて済まなかつたといつてゐました』

  赤彦『中村は己おれが相手をしなんで不服らしかつたかな』

  古実『そんなことはありません』

  赤彦『己は一言ひとこといふにもつかれるのだ』

  古実『……』

  赤彦『もう一度会ふさ』

  古実『それでは明日でもお会あひすることにしませう』

  かういふ会話などがあつた。それから八時頃かういふことを云つたさうである。『画伯、斎藤、岡、土屋、岩波――五人だなあ。……それへおれの病を君から委くはしく書いてやつて呉れ。まだ容態ようだいをくはしく書いてやらうとしてゐて書いてやらないから。……身のおきどころがない。……坐つてゐても玉のやうな汗が額から出る。いかんとも為様しやうがないとさう書いてくれ。……そして物をいふと、それだけ疲労するから、静かにしてゐると書いて呉れ、医者もさういつてゐるし、それが己には薬だ』かう云つた。古実君は『かしこまりました』といふと、『用件はそれだけ』『あつちで寝て行つて呉れ』と云つた。

  その夜の十時頃、妹の田鶴たづさん、不二子さん、水脈みをさん、初瀬はつせさん、健次君、丸山君、藤沢君等を部屋に呼び、『おれはなるべく物を云はぬから、そつちでお茶を飲んで呉れ』と云つた。間もなく、辛うじて身を起し、『明治四十一年浅間山へのぼる。雲の海の上にあらはるる信濃のやま上野かみつけのやま下野しもつけの山』『明治四十一年十一月とおぼえておけ。日本新聞に出てゐる』と云つた。

  その時、赤彦君のうしろに猫がうづくまつて咽のどを鳴らしてゐた。これは赤彦君がいつも猫を可哀がるので傍そばに来てゐるのであつた。皆が、猫の話をし、夏樹なつきさんの猫をいぢめる話などをしてゐると、赤彦君は、『初瀬、歌の原稿を書け』と云つた。そして、『わが家の猫はいづこに行きぬらむこよひもおもひいでて眠れる』と云つた。暫しばらくして、『ちがつた。ちがつた。猫ぢやない。犬だわ』と云つて笑つた。これは数日前に居なくなつた犬のことを気にして咏よんだ歌である。

  わがいへの犬はいづこにゆきぬらむこよひもおもひいでてねむれる

  その後は遂に歌を作らずにしまつた。この歌が赤彦君の最終の吟となつたのであつた。


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